2020年05月08日

私が帰る場所

最近、ビートルズの『Get Back』が頭の中をぐるぐるまわっている。



今の子はどうだか知らないけど、私が中学生の頃は、ビートルズを聴いている子が多かったように思う(そして、星新一と太宰治を読んでいる子も多かったのではないか)。同級生にビートルズのLPを持っている子がいて、私は一枚ずつ借りて一通り聴いた。

中学生向けの英和辞書で歌詞の意味を調べようとしても、よくわからなかった。「I wanna hold you hand」が「抱きしめたい」になるのが、どうしてもわからなかった。



「walrus」という言葉を覚えたりした。



今では完璧にというわけではないけど、おおまかにはわかる。『Get Back』に出てくる「California grass」の意味もわかってしまった。中学生の頃にはわからなかった。

頭の中に『Get Back』を流しながら、私はどこに帰るのかな、帰れと言ってくれる人はいるのかな、なんて考えている。

何年か前に『A Cidade Onde Envelheço』という映画を見た。



ブラジルのベロオリゾンテに、フランシスカという名のポルトガル人の若い女性が住んでいる。そこへ、昔の友人であるテレーザがやってきて、一緒に暮らしはじめる。テレーザが新しい街になじんでいく一方で、フランシスカは「リスボンの海が見たい」と言いはじめ、徐々に病んでいく、といった内容だったと思う。

『私が老いていく街』。私はどこに帰るのか、どこで老いていくのか、なんてことを、考えても仕方のないことを、最近ぐるぐると考えている。

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posted by ごー at 04:37| Comment(0) | 英語とポルトガル語 | 更新情報をチェックする

2019年07月24日

O Novo Guia da Conversação, em Portuguez e Inglez

 前回の投稿で名前を挙げた「O Novo Guia da Conversação, em Portuguez e Inglez」について、Wikipediaに記事があった。

English As She is Spoke

 このような本についても日本語で概要を読めるというのは、たいへんありがたい。

 この本は葡英会話集なのだが、英語の方が滅茶苦茶らしい。なぜそんなことになったのかというと、「1883年のイギリス版につけられた序文において、著者は英語を知らぬまま仏英辞書を片手に一語一語を直訳していったという推測が述べられている。」とある。

 英葡永久同盟というものがあって、それは1373年に締結され、現在も継続中ということで、両国間の関係は古くからあるようなのに、なぜこんなことになってしまうのだろうか。謎である。同盟はあっても、人間同士の交流は少なかったのかな?

ポルトガル大使館のページにある「歴史年表」参照。

 こういったことは現代でも笑い話ではなく、思い出されるのは2013年、南アフリカでのでたらめ手話だが、でたらめかどうかは手話を知らない私にはさっぱりわからないのである。同じことは言語の翻訳、通訳でもたくさん起こっていそうだ。自分の知っている言語ならば検証もできるかもしれないが、知らない言語ではお手上げである。翻訳者、通訳者を信じるしかない。

 そもそも同じ言語を使っている者同士でも、意味の取り違えはいくらでも起こりうる。そう思うと絶望的な気分になってくるが、だからこそ言語というものは面白いのだとも言える。









 英語版は何種類かあって、どれもなかなか高評価のようである。私にはこの本を楽しめるほどの英語力は、まだない。

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posted by ごー at 20:08| Comment(0) | 英語とポルトガル語 | 更新情報をチェックする