2024年09月08日

天麩羅、襦袢……

前回(「繻子と地図帳」https://kotobanobenkyo.seesaa.net/article/504516808.html)、「メリヤス」がポルトガル語の「meias」から来ている言葉だと知って、私は驚いたのでした。

でも「めいあす」と「めりやす」ではちょっと距離があるような?

と思っていたら、スペイン語の「medias」(「meias」と同じく「靴下」のこと)から来ているという説もあり、「めいあす」より「めでぃあす」(音はこれでいいのかな?)の方が「めりやす」に近いようにも思えます。

しかし、日本とスペインって交流があったかな? と思ったのですが、「以後よく広まるキリスト教」の1549年に日本にやってきたフランシスコ・ザビエルの一行の中のヨーロッパ人のうち、ザビエルはバスク人で、他の二人はスペイン人でした。

私は2005年の秋からポルトガル語の勉強を始めました(「2005年」って自分で見てもびっくり。もう二十年近く前のことではないか! もっと真面目に気合いを入れて勉強していたら、今頃は通訳や翻訳の仕事ができていただろうに)。

ポルトガル語の勉強を始めるにあたり、白水社の「エクスプレス」がいいよ、と先輩から教えてもらったので、取り寄せて読み始めましたが、まったく頭に入ってきませんでした。






まず「eu」(「私」という意味)が覚えられない。英語は「I」で、ロシア語は「я」で、どちらも一文字で済んでいるのに、「eu」はなぜ二文字も使うのか、と理不尽な怒りを覚えたものです。

こんなに基本的な言葉も覚えられないのですから、他の単語はなおさらです。そこで、日本語になっているポルトガル語の言葉から覚えていったらいいのではないかと思いました。

「びーどろ(vidro)」「ボーロ(bolo。ケーキのこと。日本では、蕎麦ぼうろとか卵ボーロなど、ビスケットっぽいです)」「金平糖(confeito)」「シャボン(sabão)」「ボタン(botão)」「合羽(capa)」……。

その中で最も驚かされたのが「天麩羅」と「襦袢」でした。

「天麩羅」は言われてみれば日本語っぽくはないように思われるような気がしないでもないので、なるほどなあと思ったものです(ただし、語源については諸説あり)。

しかし「襦袢(gibão)」は……。襦袢は着物を着る時に欠かせないもののはずです。なんだか納得がいきませんでしたが、インターネットでいろいろ見てみたら、なるほど〜と思えるようになってきました。

ついでながら、手元にあるブラジルの辞書で「gibão」のところを見てみますと、






1 Bras. Casaco de couro us. por vaqueiros.

(ブラジル語法。牛飼いが用いる革の上着)

2 Casaco curto us. sobre a camisa.

(シャツの上に着る短い上着)

と書かれています。

ウィキペディアの執筆者,2023,「プールポワン」『ウィキペディア日本語版』,(2024年9月7日取得,https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%97%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%9D%E3%83%AF%E3%83%B3&oldid=97212860).

同じ「gibão」というつづりで別のものもあります。

Zool. Espécie de primata que vive em árvores, é vegetariano e habita o sul da Ásia e a Indonésia.

(動物学。樹上で生活する霊長類の一種、植物食で、南アジア、インドネシアに生息する。)

これは「テナガザル」のことです。

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posted by ごー at 17:18| Comment(0) | ポルトガル語 | 更新情報をチェックする

2024年07月13日

Duolingoの変化、それから同音異義語について

Duolingoで、「ポルトガル語話者のための英語」の「Seção 9」を学習中だったのですが、今日見たら「Seção 9」がなくなっていて「Reforço diário」になっていました。「日本語話者のための英語」でいうところの「デイリーリフレッシュ」のことです(なぜ日本語版は英語をそのままカタカナにしているの?)。

「Seção 9」は新しい内容を学ぶのではなく今までの復習のようなものだったので、「Reforço diário」に置き換えても同じなんじゃないかということになったのでしょうか。「Seção 9」は5回やると一つの丸が完成することになっていて、XP二倍の時にこの丸を完成させるとジェムが25個もらえることになっていたのでありがたかったのです。これがなくなってしまったのは残念です。

「seção」というのはブラジルの言葉で、発音は「セサオン」みたいな感じ(厳密にいうと違う。私にはこう聞こえているということです)。英語でいうところの「section」です。

「sessão」という言葉もあって、発音は上に挙げた「seção」と同じ。英語でいうところの「session」です。

意味が違うのに発音が同じとは紛らわしい。とはいえ、そのような単語はたくさんあるわけですが……。

しかし、ポルトガルのポルトガル語では「seção」ではなく「secção」と綴り、音は「セクサオン」みたいな感じになります。

なぜブラジルでは「k」の音を省略しているのでしょうか。謎です。

「fato」という単語があり、これには「事実(英語でいうところの「fact」)」という意味と「服」という意味があります。他に、「(山羊などの)群れ」とか「(動物の)腸」という意味もあるようですが、私はまだ出会ったことがありません。

これがポルトガルでは「事実」の時は「facto」(ファクトゥ)、「服、群れ、腸」を指す時は「fato」(ファトゥ)で、綴りも発音も違っています。

ふだんは「ポルトガルのポルトガル語はさっぱりわからない〜」(←ブラジルのポルトガル語ならばっちりわかるというわけでもない)と思っている私ですが、これらに関してはポルトガルのポルトガル語の方がわかりやすくてありがたいです。

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posted by ごー at 23:31| Comment(0) | ポルトガル語 | 更新情報をチェックする

2024年04月23日

芥川龍之介『奉教人の死』

題名に興味を持ったので読んでみました。






舞台は長崎。クリスマスの夜、教会の前で倒れている少年が発見されたところから話は始まります。この少年は自分について、

故郷は「はらいそ」(天国)父の名は「でうす」(天主)


などと言って、本気なのか人をからかっているのかよくわかりません。

でも、自分の故郷は天国で父は神だと思ったら、生きるのが楽になるような気がします。家柄自慢、学歴自慢、人脈自慢とか持ち物自慢など、いろんなものが自慢の種になりますが、本当はそういうのはどうでもよく、また持っていなかったからといって残念に思う必要もなく、みなあの世から同じようにここへ送り込まれてきて、しばらく過ごしたあとまたあちらに戻る、それだけのことだと思えばすべてがどうでもいいことなのです。そうはいっても、そのように思い切れないところが悩みをうむわけです(←これは私の場合です)。

この短編小説には「はらいそ」「でうす」など、外国語と思われる言葉がたくさん出てきます。

さて、これは何語かな、スペイン語かなラテン語かなと思ってよく見てみたら、ほとんどがポルトガル語でした。

外国語の音だけを聞いた昔の日本人が、その音を日本語のどの音に当てはめていたのかというのを知るのは大変興味深いことです。

本編の前に二冊の本からの抜粋が書かれています。

慶長訳 Guia do Pecador


慶長訳 Imitatione Christi


です。『Guia do Pecador』はポルトガル語で、日本では『ぎや・ど・ぺかどる』という題名で訳されたようです。「慶長」は訳された時の年号です。

この本の著者はルイス・デ・グラナダ、スペイン人で原著の題名は『Guia de Pecadores』。スペイン語版、英語版等はAmazonで購入できるようです。











日本語のは↓ここで読めますが、私は教養が足りないので読めません。

東京大学総合図書館所蔵. キリシタン写本
https://iiif.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/repo/s/christian/page/home

もっと読みやすいものもいろいろあるようです。

『Imitatione Christi』はラテン語。






本文を見ていきます。

「さんた・るちや」

教会の名前です。「Santa Luzia」。私だったら「さんた・るじあ」と読みますが。

「えけれしや」(寺院)

一瞬「igreja」(ポルトガル語で「教会」)のことかなと思いましたが、「ecclesia」だそうです。ラテン語です。「ecclesia」の元をたどると古代ギリシャ語の「ἐκκλησία」で、ポルトガル語の「igreja」は「ecclesia」が変化したものということらしいです。

「ろおれんぞ」

教会の前で倒れていた少年の名前です。「Lorenzo」。私なら「ろれんぞ」としたいところです。

伴天連

以前から、この言葉はどこから来たのだろうと疑問に思っていましたが、これはポルトガル語の「padre」だそうです。私なら「ぱどれ」とするでしょう。

「はらいそ」(天国)

「paraíso」。「ぱらいーぞ」。「ぱ」が「は」になるのはなぜ?

「でうす」(天主)

「Deus」

「ぜんちよ」(異教徒)

「gentio」。私だったら「ぜんちう」か「ぜんちお」にするかな? 実際の音は私には「じぇんちう」に聞こえます。

「こんたつ」(念珠)

「contas」。私なら「こんたす」と書くでしょうか。

「いるまん」衆(法兄弟)

「irmão」。この言葉にはいつも悩まされます。私の耳には「いるまおん」と聞こえるし、そのように発音しても今まで注意されたことはありません(←外国人割引かもしれない?)。でも文字をよく見てみれば、「いるまんお」とか「いるまんう」になるのでしょうか。それとも「いるまん」の方が近いのでしょうか。私の耳には「irmã」(姉妹)が「いるまん」に聞こえます。

「すぺりおれす」(長老衆)

「superiores」。

「しめおん」

「ろおれんぞ」によくしてくれる人。「Simeão」。

「ればのん」山

「Líbano」?

「ぐろおりや」(栄光)

「glória」。アクセントのあるところを「お」を入れることによって表しているのだと思われます。私だったら「ぐろおりあ」と書くところですが、「ia」は「いあ」ではなく「いや」の方が音が近いのかも???

「ぢやぼ」(悪魔)

「diabo」。私がひらがなで書くとすれば「ぢあぼ」。

「くるす」(十字)

「cruz」

「びるぜん・まりや」

「Virgem Maria」。「まりあ」にしたいけど「まりや」なのね。

「ぜす・きりしと」

「Jesus Cristo」。私だったら「じぇずす・くりすと」あるいは「ぜずす・くりすと」と書くかな。「c」は「き」でも「く」でもなく、「s」は「し」でも「す」でもないわけですが、当時の人は「き」「し」と書き、一方、私は「く」「す」と書きたくなってしまうというのは不思議です。

「こひさん」(懺悔)

「confissão」。「n」の音が消えてしまいました。

「まるちり」(殉教)

「mártir」「殉教者」。「殉教」は「martírio」。

私の耳には「いあ」「いお」と聞こえる「ia」「io」が「いや」「いよ」で書き表されるようです。

昔、学校の歴史の授業で、かつてキリスト教徒は弾圧されていた、キリスト教徒を見つけ出すのに「踏み絵」が使われた、といったことを習い(踏み絵については、そんなのはただの物体にすぎないのだから、遠慮なく踏めばいいのにと私は思ってました)、キリスト教徒はかわいそうだったなあと思ったものです。しかし……。

ここからは私の妄想です。

もしキリスト教があの時代に禁止されていなかったら、そしてキリスト教の布教がうまくいっていたら、日本はどうなっていたのでしょうか。日本語にはポルトガル語由来の言葉があふれます。もしかしたら日本語の発展が妨げられ、日本語だけでは学問ができないということになっていた可能性もあります。出世したければ、一度はポルトガルに留学しておかないといけない、という状況になっていたかもしれません。

ここまで妄想してきて思い当たりましたが、今の日本も大差ないのかも? 「ポルトガル」ではない別の国々によって、変化させられ侵食されてきているように思えます。

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posted by ごー at 12:50| Comment(0) | ポルトガル語 | 更新情報をチェックする