小学生の時、読んでいた漫画雑誌の裏表紙に、「日ペンの美子ちゃん」の漫画がよく掲載されていた。ペン字の通信講座の広告である。
子供の頃、きれいな字が書けたらいいだろうなあとは思っていたから、がんばってきれいに書こうとした。その結果、学校内の硬筆コンクールでは銀紙をつけてもらえるくらいにはなったのだが、母親からはいつも「あんたは字が下手だ」と言われるばかりで、努力するのがばかばかしくなり、字なんか読めればいいじゃん!と思うようになってしまった。だから、美子ちゃんの漫画を見ても「私には関係ないんだ」と思っていた。きれいな字というのは、才能のある人だけが書けるもので、努力でどうこうなるものではないのだと思い込んでいた。
三十歳過ぎてから、「ごーさんは字がきれいね」と外国の人から言われることがたびたびあった。そんなことを言われたのは三十数年生きてきて、初めてのことだった。私の書くアルファベットはきれいなのかな? もしかして、日本語の文字もきれいに書けるかな?
一時期、外国人が日本語を勉強するお手伝いをしていたことがあったのだが、日本語初心者の書くひらがな、カタカナ、漢字はとても美しい。というのも、初心者は教材で使われている教科書体の文字を見て、それを真似て書くからである。生徒さんが書いた文字があまりにもきれいで、答案用紙をうっとりながめたこともある。それで、私が書く文字が汚かったら、お手本にならなくて生徒さんに申し訳ないなあと思い、本を買って勉強した。確か、『文字の書き方』という本だったと思うのだが、誰かにあげてしまったらしく、手元にないので確認できない。
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40歳過ぎてから、親の介護のため、それまで住んでいた南欧某国から日本に戻ってきた。四六時中介護をしているわけでもないので、暇な時間には、外国ではできない、日本でしかできないことをしたいと思った。そして、外国にいた時、ずっと憧れていたことが二つあったのを思い出した。一つは日本人の先生のところで日本語を介してロシア語を学ぶこと。もう一つは習字教室に通うこと。
ロシア語については、最高の先生とロシア語学習の先輩方に出会えて、夢が叶った。とはいえその教室は、来月終了してしまうのだが……。習字に関しては、家の近所にペン字教室があるのを発見し、以来そこに通い続けている。
一人で字を書く練習していた時は、「練習してもあまり変化がないなあ」と思っていたのだが、先生について習うようになると、目からうろこが落ちるような発見が毎回たくさんある(これは習字だけでなく、ロシア語の教室でも同じ。たぶんあらゆる習い事、勉強において、先生についた方が効率よく、また正しいことを学べると思う)。自分には一生無理!と思い込んでいた筆ペンの文字も、まあまあ見られる程度には書けるようになった。ありがたいことである。
字の美しさは、努力次第でどうにでもなるものだということを私は学んだ。展覧会で賞をとるような人には才能があるのかもしれないが、そもそも展覧会に出すような人は練習量がものすごいと聞いた。凡人の私が練習もせずに「字なんて読めればいい」なんて開き直っていたのは、まったく滑稽なことだった。残念なのは、子供の頃、それに気づかなかったことだ。小学生の時に、「日ペンの美子ちゃんをやってみたい」と親におねだりしてみればよかった。子供の頃からきれいな字を書けていたら、私の人生はもうちょっとましなものになったであろうと、今になって後悔している。

https://kotobanobenkyo.seesaa.net/article/468941157.htmlきれいな字が書けたら楽しい