2020年04月23日

重曹

重曹ラーメンを作ったことを別のブログに書いた(『後悔と反省』「鶏がらスープ」)。自分の日記帳にもこのことを書いておこうと思い、ペンを手にとったが、そこで手が止まる。

「じゅうそう」ってどんな字だったっけ? 重工業の「重」と曹操の「曹」だっけ?

辞書で確認すると、やはり「重曹」で合っていた。そして私は新たな知識を得た。

「重曹」は「重炭酸ソーダ」の略で、「曹」はソーダの当て字「曹達」から来ているのだそうだ。






「重曹」が略語だったとは! 「曹」の字が「ソーダ」から来ているとは! とても驚いたのだが、これはおそらく一般常識なのであって、私はたぶん、化学の時間に居眠りをしていたのだと思う。

「曹達」って、昔の中国の偉い人の名前みたいだなあと思ったら、そういう名前の人がいたらしい。

曹達(倭)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%B9%E9%81%94_(%E5%80%AD)

私はたぶん、日本史の時間にも居眠りをしていたのだと思う。

下の写真はロシアの重曹。「ソーダ 食用」と書かれている。

IMG_soda.jpg

アメリカの重曹の袋には、腕まくりした腕がかかれていたっけ、と思いながら検索すると、思っていたより地味なパッケージだった。






確か、女の人が腕まくりしている絵だったと思うのだけど?

調べてみたら、女の人の腕まくりは「We Can Do It!」というアメリカのポスターのことだとわかった。

We Can Do It!
https://ja.wikipedia.org/wiki/We_Can_Do_It!


ブリキ看板 USA We can do it/TIN SIGN アメリカン雑貨 インテリア


この絵が重曹の袋に描かれているのに違いないと、勝手に思い込んでいたというのは、我ながら不思議なことである。

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posted by ごー at 10:19| Comment(0) | 日本語 | 更新情報をチェックする

2020年02月25日

言葉の感覚 「地べた」をめぐって思ったこと

 昨日テレビを見ていて、「えっ!」と驚くことがあった。ニュースや日常の出来事を紹介する、情報番組、ワイドショーとでもいうのか、その番組の中で、韓国のある宗教団体の人たちは狭い空間で「地べた」に座り、祈りをささげていた、というようなことを言ったのだ。「地べた」という言葉は読まれただけではなく、解説用の板(←これなんという名称なのだろう?)にも書かれていた。

 「地べた」。私の感覚では「地べた」は口語であって、ニュース番組内でアナウンサーがつかうような言葉ではないし、ましてニュース番組内で文字で書き表されるものでもない。そこは「地べた」ではなく「地面」でしょう。さらに言うと、そのお祈りの場は屋外ではなく、屋内のように見えたので、私に言わせれば「地べた」でも「地面」でもなく、「床」だ。

 私のそばでパソコンゲームをしながら、テレビの音声に耳を傾けていた母も「『地べた』だなんて、韓国の人たちに対して失礼だ」と怒っていた。

 この文脈で「地べた」という言葉をつかってしまうテレビ局の人々に対して、私はなんともいえない嫌な気持ちを抱いてしまったのだった。ふだん私がいろいろ話せる相手は母しかいないので、自分の感覚が普通なのか変わっているのかはわからない。

 辞書を見てみると、「地べた」は以下のように説明されている。

大辞泉 土地の表面。地面のくだけた言い方。
明鏡 (俗)地面。
類語例解辞典 「地べた」は、「地面」の俗な言い方。

 昔、『菊次郎の夏』という映画をレンタルビデオ店で借りて見た。なかなか面白かった。






 という話をある人にしたところ、その人は「私も見ましたけれど、言葉が汚すぎて最後まで見られませんでした」と言ったのだった。

 確かに上品な言葉遣いの映画ではないけれど、最後まで見ていられないほどではなかったけどなあ、と当時の私は思ったのだったが、ふだんあのような言葉遣いをまったく耳にしない生活をしている人が、子供相手に大人が乱暴な言葉をつかう映画を見たら、嫌悪感を抱いてしまうのは仕方ないのかもしれない。

 何年か前に、子供を保育園に入れられなかったから「日本死ね」と書いた人がいて話題になった。「日本死ね」などという人が日本人であるということすら、私には信じがたかったのに(斬新な表現ではあると思ったが……。もしかしたら、書いた人は日本人ではないのかも?)、このような人が子供を持つ母親であり、子供を保育園に入れて社会に出て活躍したいのだというから驚きである。チンピラの罵り合いみたいな文章を書く人が、成人で母親だなんて……。どこかのチンピラが誰かの依頼を受けてあの作文を書いたのだとしたら、まだ理解できる。

 言葉というのはふだん見聞きしているものでないと、とっさには出てこないのではないか(幅広い社会層を舞台とする物語を書く、小説家や脚本家などは別として)。ということは、「日本死ね」のような言葉遣いの中で日々暮らしている人が、日本のどこかには存在するのだ。「床」のことを「地べた」という人もいるし、日本は広いのだなあ、と私は感慨深く思うのだった。かくいう私も、時々くだけすぎた言葉を口にしてしまうことがあるので、気をつけなくては!

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posted by ごー at 22:29| Comment(0) | 日本語 | 更新情報をチェックする

2019年10月06日

「食材」という言葉はどこから来たの?

 私の語彙は昭和のままなので、なんだろうこれ、と思う言葉が日常にたくさんある。例えば「想定内、想定外」「じいじ、ばあば」「もとかれ、もとかの」「就活」、配偶者を指す「相方」など。

 ある時ある人と話していて、その人が「相方が〜」と言うから、この人は趣味の多い人だと前々から思ってはいたが、漫才もやっていたのかと感心したのだったが、よくよく聞いてみると、漫才の相手のことではなかった。

 「食材」も私の語彙の中にはなかった。どこから出てきた言葉なのだろう。

 私が思うようなことは、他の誰かが既に思っているのであって、このようなページを見つけた。

「食材」ということば
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/358304.html

 もともと業界用語だったのが、おそらくテレビ番組の『料理の鉄人』をきっかけとして一般に広まったのではないかと推測されている。なるほど……。

 「玉音放送」。昔は「ぎょくいんほうそう」と言っていたような気がするのだが、テレビでは「ぎょくおんほうそう」と言っている。「東電」のイントネーションが昔と違うような気がする。

 言葉は変化していくもの。そのうち、「ら抜き言葉」も当たり前のことになっていくのかな?






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posted by ごー at 20:13| Comment(0) | 日本語 | 更新情報をチェックする