なぜここに「山羊」が出てくるのだろう。
辞書で「козёл」のところをじっくり見てみましたが、さっぱりわかりません。何か、辞書にない意味があるのだろうか? 一時間半くらい、ああでもないこうでもないと考えました。
実は、「козлы」は「御者台」という意味でした。ちゃんと辞書に載っています。
そして、「山羊」の複数形「козлы」とはアクセントの位置が違っていたのでした。
「山羊」といえば、ピューマのメッシが暮らすドミートリエフ家で、子山羊を預かったことがありました。
Puma Messi meets a little goat! We have a new roommate!
窓ガラス越しには、子山羊に対して興味津々だったメッシですが、実際に対面するとちょっと人見知り(山羊見知り?)、あるいは子山羊の威勢よさにたじたじ(?)、はたまたお父さん(サーシャ)を独り占めされたように見えて、ちょっと嫉妬の気持ち(?)。
それでも、サーシャをまんなかにして、一緒に草を食べました。
旧約聖書のイザヤ書第65章25節に、
狼と小羊は共に草をはみ
(新共同訳)
とありますが、まさにその光景です(狼と小羊じゃなくて、ピューマと子山羊だけど)。こういう状況が可能なのは、メッシがおなかいっぱい(断食日である月曜日を除く)のおぼっちゃまだからかもしれませんが。
みんながおなかいっぱいになったら、誰も誰からも奪わない世界になるのでしょうか。人間は面倒くさい生き物なので、食欲以外の欲も強かったりしますが、みんなの欲が満たされたら、平和な世界になるのでしょうか。
すべての動物が、少しの草と果物で生きていけたらいいのにと思います。あるいは光合成できればもっといい。

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